ブログを再開させます。
この4ヶ月間何をしていたのかといえば、
「インプット」といえば端的でしょうか。
友人に勧められた本や映画を、
できるだけたくさん観ました。
いつも勧められて観終えたときこう思うのです。
「いまの私にぴったりの内容だ」と。
いま自分に必要なこと、足りないこと、
忘れていることを教えてくれます。
例えば、友人からオススメ映画を教えてもらうものの、
すっかり忘れていて、何かの拍子に思い出して、
1年後くらいに観たとしましょう。
そのときがベストのタイミングなのです。
わたし(あなた)が観ようとして観たときが
一番心に響くのです。
なぜなら、誰かに「観せられた」ものではなく、
能動的に「観ようとした」からです。
だから友達にオススメされたものは、
「観なきゃ〜」と義務感に苛まれる必要はなく、
観たいと思うまで待っていいと思います。
全ては自由なのです。
ブログも、
あーなんか疲れちゃった、と思ったので
一旦書かなくなりました。
でも最近改めて、
「記録の重要性」に気付かされることがあったので、
また再開します。
「記録の整理」も兼ねて進めてまいりますので、
記事の時系列が前後することも往々にして起こり得ます。
あっという間に過ぎていく人生の中で、
1日1日を「あったこと」として処理していくことは、
次の世代に私の考え受け継ぐその大切なときに、
何かのヒントになると信じています。
『私はこの世界に何を残せるのか。』
最近グルグルとこの言葉が頭を駆け巡る。
そして行き着く先は、
シンプルに「自分の好きなことを100%全力でやる」に行き着くのです。
もう少し深い話はまたこんど。
おやすみなさい。
2015年9月29日火曜日
2015年9月28日月曜日
#254『森根おめでとう飲み会』
世の中にはたくさんのお仕事がある。
そのたくさんの仕事の中から、
これになりたいと思って、
一生懸命努力してついに勝ち取った。
森根こうじは国の税を扱う役職に合格した。
その勇姿を祝うべく、
JAZZ研OB/OGが久しぶりに集まったのだ。
意外とたくさん集まったのだ(笑)
集まりに来れなかった人は、
この動画のみんなの元気そうな姿を確認してね。
森根、本当におめでとう!!
そのたくさんの仕事の中から、
これになりたいと思って、
一生懸命努力してついに勝ち取った。
森根こうじは国の税を扱う役職に合格した。
その勇姿を祝うべく、
JAZZ研OB/OGが久しぶりに集まったのだ。
意外とたくさん集まったのだ(笑)
集まりに来れなかった人は、
この動画のみんなの元気そうな姿を確認してね。
森根、本当におめでとう!!
2015年9月27日日曜日
『恋の魔法はあしおにおまかせ!5〜君のSEXを待ってる〜』
2015.9.20
『恋の魔法はあしおにおまかせ!5〜君のSEXを待ってる〜』
っていうイベントに出演しました。
どういうイベントなのかというと・・・
小島芦尾(こじまあしお)という青年が、女の子と仲良くなってSEXまでこぎつけるべく奔走するイベントです。勝手に挑戦状を叩きつけられたあしおの友人たちがあしおと戦い、あしおはカッコよく勝ち進む姿を女の子に見せつけて、じゅんじゅわ〜からの一発あわよくばよろしく頼むよという魂胆である。
今回、女性のドリンクを全額ご馳走すると宣言したあしおくん。
気合の入れ方が半端じゃない。
普段東京の大手セキュリティー会社で鬼のように働いているあしおくんにとって
帰省のために行われるこのイベントに懸ける情熱は並々ならぬものがある。
第1試合、
よーいどんでモノレール県庁前駅から猛ダッシュするあしおと、
モノレールに乗って向かうくだかとのガチレース。
白熱のデッドヒートの末、あしおの勝利。
第2試合、
どちらのデートに行きたいかを競う、
わたくし松野とのデートプラン対決は、
圧倒的な経済力と妄想力であしおの勝利。
第3試合、
わたくしのチ◯コとあしおのチ◯コを桃神様に写生してもらい、
会場のみなさまに評価してもらう「桃神様しゃせい対決」
8対9の僅差でわたくしの勝利。
第4試合、
国際通りに出て制限時間30分以内にどちらが先に女の子を会場に連れてくるかという、
みかげときみどりとのガチナンパ対決では、
信じられない奇跡を起こし、5人の女性を会場に連れてきたあしおの勝利。
第5試合、サクラマコト含む本日のオールスター大喜利対決は、
みかげが1位、わたしが2位だった。
あしおはこのとき女の子のLINEを聞けるかどうかの瀬戸際で勝負どころではない精神状態だった。
結果、あしおが5試合中3戦勝利という結果になり、
あしおが魂を注いで行うイベント「恋あし」は
いつも通り彼の熱い演説で終わった。
盲目的にイベントに取り込む姿勢。
見ているこっちもパワーをもらえました。
そうだ、したいことをするんだ!
夢中になっている人の姿は胸を打つものがある。
『恋の魔法はあしおにおまかせ!5〜君のSEXを待ってる〜』
っていうイベントに出演しました。
どういうイベントなのかというと・・・
小島芦尾(こじまあしお)という青年が、女の子と仲良くなってSEXまでこぎつけるべく奔走するイベントです。勝手に挑戦状を叩きつけられたあしおの友人たちがあしおと戦い、あしおはカッコよく勝ち進む姿を女の子に見せつけて、じゅんじゅわ〜からの一発あわよくばよろしく頼むよという魂胆である。
今回、女性のドリンクを全額ご馳走すると宣言したあしおくん。
気合の入れ方が半端じゃない。
普段東京の大手セキュリティー会社で鬼のように働いているあしおくんにとって
帰省のために行われるこのイベントに懸ける情熱は並々ならぬものがある。
第1試合、
よーいどんでモノレール県庁前駅から猛ダッシュするあしおと、
モノレールに乗って向かうくだかとのガチレース。
白熱のデッドヒートの末、あしおの勝利。
第2試合、
どちらのデートに行きたいかを競う、
わたくし松野とのデートプラン対決は、
圧倒的な経済力と妄想力であしおの勝利。
第3試合、
わたくしのチ◯コとあしおのチ◯コを桃神様に写生してもらい、
会場のみなさまに評価してもらう「桃神様しゃせい対決」
8対9の僅差でわたくしの勝利。
全裸バスローブに仮面姿のわたしは森林原人に似ていた
第4試合、
国際通りに出て制限時間30分以内にどちらが先に女の子を会場に連れてくるかという、
みかげときみどりとのガチナンパ対決では、
信じられない奇跡を起こし、5人の女性を会場に連れてきたあしおの勝利。
第5試合、サクラマコト含む本日のオールスター大喜利対決は、
みかげが1位、わたしが2位だった。
あしおはこのとき女の子のLINEを聞けるかどうかの瀬戸際で勝負どころではない精神状態だった。
結果、あしおが5試合中3戦勝利という結果になり、
あしおが魂を注いで行うイベント「恋あし」は
いつも通り彼の熱い演説で終わった。
盲目的にイベントに取り込む姿勢。
見ているこっちもパワーをもらえました。
そうだ、したいことをするんだ!
夢中になっている人の姿は胸を打つものがある。
2015年9月17日木曜日
『ファニーゲームU.S.A』という恐ろしい映画
こうどりさんから1年くらい前に
「『ファニーゲームU.S.A』是非観てください」と勧められた。
今日FM聞いてたらミヒャエル=ハネケ監督の「隠された記憶」について話していて、
その会話の中に「ファニーゲーム」という単語が出てきた。
「これは!」と思いバイト終わって速攻でGEO行って借りて鑑賞。
『ファニーゲーム』は1997年のオーストリア映画。
監督のミヒャエル=ハネケは、ドイツ生まれオーストリア育ち。
オリジナル版を同じ脚本、同じ演出、同じ音楽、同じ構図で、
ハリウッドリメイクした作品が、
『ファニーゲームU.S.A』だ。
言語もドイツ語から英語になっている。
まったく同じ構図のセルフリメイクとは!
オリジナル版の『ファニーゲーム』の予告を観たが、
まったく同じ構図で驚いた。
『犬神家の一族』みたいだ。
ストーリーは、
「『ファニーゲームU.S.A』是非観てください」と勧められた。
今日FM聞いてたらミヒャエル=ハネケ監督の「隠された記憶」について話していて、
その会話の中に「ファニーゲーム」という単語が出てきた。
「これは!」と思いバイト終わって速攻でGEO行って借りて鑑賞。
『ファニーゲーム』は1997年のオーストリア映画。
監督のミヒャエル=ハネケは、ドイツ生まれオーストリア育ち。
オリジナル版を同じ脚本、同じ演出、同じ音楽、同じ構図で、
ハリウッドリメイクした作品が、
『ファニーゲームU.S.A』だ。
言語もドイツ語から英語になっている。
まったく同じ構図のセルフリメイクとは!
オリジナル版の『ファニーゲーム』の予告を観たが、
まったく同じ構図で驚いた。
『犬神家の一族』みたいだ。
ストーリーは、
親子3人で別荘に向かう、
和やかな車内から始まる。
別荘について晩御飯の支度をするナオミワッツの元に、白いポロシャツを着て白い手袋をした2人の男が訪ねてくる。
この招かれざる客によって、家族3人は恐怖のどん底に突き落とされる。
という一見ありきたりなストーリーなのだが、この映画が他の作品と違うのは、観客が映画の傍観者ではなく、参加者になってしまうところだ。
2人の招かれざる客が、
家族にゲームを持ちかけるとき、
カメラ目線になってこちら側(観客)にも語りかける。
映画を「観てる」側に、
急に画面の向こうの世界の住人が、
こちらを静観して話しかけるのだ。
これが本当に恐ろしい。
そして、我々の期待や希望を全て丁寧に潰し、
容赦ない暴力が画面の向こうの世界を支配する。
容赦ない暴力が画面の向こうの世界を支配する。
観客は強制的にゲームに参加させられ、彼らの暴力になすすべもなく、絶望する。
そして残忍な2人、彼らこそがこの映画の世界の神であるような錯覚に陥る。
不思議だ。この映画は完成している時点で、ストーリーは決まっているはずなのに、彼らがその場で全て決めているように見えてくる。それが恐ろしい。
神であるはずの彼らもまた、
自分たちの逃れられない運命に絶望しながら、殺人を続ける。
ゲームは淡々とラストまで進み、
観客を暗闇に突き落として強制的に終わる。
こんなに後味の悪い映画は『ミスト』以来だ。
フィクション作品のご都合主義、悪が裁く爽快感、カタルシス、
ゲームは淡々とラストまで進み、
観客を暗闇に突き落として強制的に終わる。
こんなに後味の悪い映画は『ミスト』以来だ。
フィクション作品のご都合主義、悪が裁く爽快感、カタルシス、
その全てを徹底的に批判したときに我々が目の前に突きつけられるのは
フィクションを超えたいままで体験したことのない宇宙。
フィクションを超えたいままで体験したことのない宇宙。
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