2015年6月13日土曜日

『ヒッチハイクの旅』その11〜アコークローとアラゲホンジ〜

日暮れとともに川沿いの気温は下がっていく。
タテタカコも見れて満足した我々は集合場所に戻った。


バンドの美術班の方が3人で大道具を準備していた。チアガールのポンポンみたいな白い素材でできた「神様(なまはげのような風貌)」の模型が土手の芝生に横たわっている。4〜5mはありそうだ。その横には大きな提灯(ちょうちん)とのぼりが置かれていた。


我々はバンドの入場時、提灯を持って会場に入り、お客さんを盛り上げる役を任された。そしてバンドのクライマックスで大きな「神様」が会場を練り歩くのだが、その神様の操縦のお手伝いも任された。


さっそく「神様」を動かす練習をした。
頭、胴体、右手、左手、両足に取り付けられた棒を5人で息を合わせて動かして、生きているかのように見せる。私は左手を担当。持ち上げるだけでかなりの重さがあるのだが、おどろおどろしさを表現するために両手をいっぱいに広げて上下に動かす。右手を操作しているのは小柄な女性の方だが慣れた手つきで動かしている。倫太郎は足を任された。二本の棒を交互に大きく動かして、歩いているかのように見せる。中腰で操作するためこれはこれで大変そうだった。「本番はこれをかぶってね」とお面を貸してくれた。

準備を終え本番までまだ時間があったので、倫太郎と橋の上に行ってみることにした。



日が沈む寸前だった。


あまりに気持ちよくて、叫びながら走った。


どんなに叫んでも全ての音が空に吸い取られた。


あまりにもちっぽけな叫びだった。



橋の形がヘンテコすぎて、もしかしたらこのヘンテコな装置で私自身も空に吸い込まれるんじゃないかと思った。



この数分間の世界の色が私はたまらなく好きだ。昼でもない夜でもないこの時間のことを沖縄では「アコークロー」と呼び、マジムン(妖怪)がウロウロする時間帯とも言われている。夕陽の赤さが極まって町中を全てオレンジに染めていく。神秘的な時間はどこにいても体験できる。この橋の上でもそうだった。



橋の上から『橋の下』を見下ろした。



そうだそういえば、
下町ステージの「アラゲホンジ」というバンドがとてもカッコよかった。祭りの音頭とポップロックの融合、この空間にこれ以上ないほどピタリとハマったキャスティングだった。この日の彼らの演奏がyoutubeにアップされていたので是非ご覧ください。会場の雰囲気も手に取るようにわかります。





さぁ日も落ちた。

我々の『橋の下音楽祭』が始まる。

つづく

2015年6月12日金曜日

『ヒッチハイクの旅』その10〜愛知県豊田市・橋の下音楽祭2015〜

豊田大橋を渡ると目の前の巨大なドームが視界を覆う。
このドームもまた見たことのない奇怪な形をしている。
土手を緩やかに下り、土煙を巻き上げながら川岸へ降りていく。


これ以上ないくらい晴れ渡った空を眺めながら、
今回は本当に天気に恵まれていると実感した。


デコボコ道を白いバンが飛び跳ねながら進む。橋の下の手前の駐車場についた。
原っぱに車がたくさん止まっていて、いたるところに小さめの宿泊用テントが張っている。いかにもロハスな雰囲気を醸し出しているミュージシャンたちが民族楽器を楽しそうに演奏している。

 

その演奏を聴きながら風を感じていると、車はまた土手を上り始めた。どうやらステージ出演者は橋の反対に行かなければならなかったらしい。


反対側について、車から降りる。16:30くらいだったと思う。足柄からまさか明るいうちに『橋の下』に来れたという今の事実がまだ現実として飲み込めていない。日が傾いてきて土手は少しだけ赤くなり始めていた。ステージの演奏も人々のざわめきも遠くで聞こえる。祭りのあの独特な怪しい雰囲気が、私を白昼夢の中にいるような錯覚にさせた。


「私、T字路s絶対みたい!間に合うかなぁ。」と車内で話していた女性ミュージシャンが、着くや否やステージに走っていった。もう一台の車から出てきた人たちが「あ、ヒッチハイクの!?こんにちは!」と気さくに声をかけてくれた。そして今日一緒に神様の模型を操作する方々に挨拶をした。「いやー本当に助かるよ!よろしくね!じゃぁ1時間半後にここに戻ってきてね」といわれたので倫太郎と『橋の下』をウロウロすることにした。



金曜から3日間開催される『橋の下音楽祭』。ボランティアスタッフで運営しており、入場無料の投げ銭ライブ。「和」のイメージで統一された会場には着物やはっぴをきたスタッフや子連れ狼に出てくる乳母車に乗せられた子どもなどがいた。


電力は太陽光発電で賄っていおり、会場のいたるところに太陽光パネルが設置されていた。





橋の下という立地をうまく活用して、古き日本のノスタルジーと野外フェスの開放感が融合した不思議な空間を作り出していた。



ステージではT字路sが演奏している。「ぬ湯」と書かれた下町ステージの内装は銭湯になっていてとても斬新なデザインだった。



沖縄でたまにライブしていたことは知っていたが実際に見たのは初めてだった。一度聞いたら忘れないvo.イトウさんのしゃがれ声が橋の下にバリバリと響き渡る。会場の雰囲気によく合っていた。

ステージ後方にタイムテーブルがあった。



すぐにトリ(最後の出演バンド)の名前を確認した。私たちはここで初めて、自分たちを乗せてくれた方々が「白崎映美&とうほぐまづりオールスターズ」であることを知った。





でもどんなジャンルの音楽なのかは分からないままだった。


倫太郎が見たいと言っていた「タテタカコ」がちょうどこの後始まる。このタイミングの良さはなんなのだろう。倫太郎はとても喜んでいた。桜坂アサイラムで歌声に感動したらしい。タテタカコを観るために草原ステージに向かった。


草原ステージは、橋の真下からは少し離れた芝生地帯に設置されている。小さなテントがポツリポツリと張られ出店もまばら。夜になると美しく光るであろう手作りの竹灯篭がステージ周辺に立てられている。


木の下に組まれたステージは自然と一体化していた。タテタカコの幻想的な歌声は西日になりつつある太陽と調和して、私をさらに深い夢の中へ誘(いざな)ってくれた。この人はとっても心優しい人なんだろうなぁって歌声から伝わってきた。



倫太郎も私も芝生の上に寝転がった。



そして何をするでもなく、ただぼーっと、空を見上げた。



空気が澄んでいた。



あぁなんて平和なんだろう。
なんて幸せなんだろう。



つづく

2015年6月6日土曜日

『ヒッチハイクの旅』その9〜足柄から豊田市へ〜

虹を見ながら駐車場を一周したあと、
焼きそばやソフトクリームが並ぶ店先を歩いた。



「どこまで行きたいの?」



突然倫太郎が話しかけられた。夏木マリのような渋い女性の声。
その方向を見ると、
長髪のチェックの服を着た青年、少しふくよかなメガネのおじさん、
そしてショートヘアーで痩せ型のメガネのおばさんの3人がテーブルを囲んで休憩していた。


「名古屋くらいまで行きたいんです。」

「名古屋に行ってどうすんの?」


「大阪でライブがあるんですよ。とりあえず今日中に名古屋に行きたいなぁと思って。」


女性はとても興味深そうに話を聞いてきた。
話している最中も我々をまっすぐな目で見定めているようだった。
そして少し考えたあと、「みんなに聞いてみるわ。」といった。

我々は「はい、ありがとうございます。」といってその場を後にした。


さらにSAを散策した。
東側の裏手には、喫煙所とドッグラン、湧き水コーナーがあった。
湧き水コーナーでペットボトルに水を補充した。




日陰でしばらくぼーっと佇んでいた。





もと来た道をトコトコ歩いていると、
遠くから先ほどのメガネのおじさんがこちらに向かって来ているのが見えた。


「いたいた、君たちのこと気にしてたんだよ。乗せられるかも!こっち来て。」



それを聞いた我々は元気良く返事をして、おじさんの後をついていった。
大きな白いワゴン車から帽子をかぶった痩せたおじさんが出てきた。




「いまから豊田市ってとこの『橋の下音楽祭』に行くんだよ。それでも大丈夫?」




数日前に多摩川のほとりで話していた『橋の下音楽祭』のワードが出た瞬間、我々は驚きを隠せなかった。沖縄から来たという話をするとそのおじさんは、『橋の下』に出演する沖縄のバンド『マルチーズロック』を知っているらしく、さらにライブハウスGrooveのオーナーであるガチャピンさんの知り合いでもあるらしく、お互いに驚いた。
まさか静岡県でガチャピンさんの名前が出るとは、ガチャピンさんの顔の広さにも驚きだ。

話を聞くとテーブルで休憩していた方々は『橋の下音楽祭』の初日のトリ(最後の出演)のバンドのみなさんらしい。我々に話しかけてくれた女性は、バンドのボーカルらしく、その女性の鶴の一声で我々が乗せてもらえたらしい。



(まさかあの休憩中の人たちがミュージシャンだったなんて想像もしなかった。ミュージシャン同士は引き合うのか・・・。スタンド使いのように。。。笑)



「じゃぁ乗りなよ。狭いけど我慢してね。笑」


ガチャピンさんと知り合いのこのおじさんは、カメラマンさんらしい。
荷台にはドラムや様々な楽器であろうケースが山積みされていて、まさしくバンドワゴンといった感じだった。荷台に荷物を放り込み、バンの一番後ろの席に座った。中には5人乗っていてみんなミュージシャンらしき風貌をしていた。


一番後ろの席の奥にさっきテーブルで休憩していたお兄さんがいた。我々に「食べる?」と言いながらバナナを4本、房ごとくれた。


足柄SAから車が出発する。まさかこんなに早く行けるとは。しかも『橋の下』に行ける・・・!?この急展開に頭が追いついていなかったのでとりあえずバナナを貪った。





この車にボーカルの女性は乗っていなかったので、この車の他に何台かあるのだろう。大所帯のバンドなのだろうか。倫太郎が「みなさんはどんなジャンルのバンドなんですか?」と聞くと、「そうだねぇどんなジャンルかなぁ。」とみんなで首をかしげ、「聞いてからのお楽しみだな!驚くよ!」と返ってきた。私たちは想像を膨らませ、ワクワクした。


ミュージシャンのみなさんと音楽の話とか、本当に偶然だねという話で盛り上がった。帽子のおじさんがスマホで誰かと連絡を取りながら「君たち、今日出れるよ音楽祭に!いま仕事決まったよ!」といった。続けて「神様の足をやってもらうよ!向こうの車も喜んでるよ!」というと、車内のミュージシャンから「それはいい!よろしく!!」と歓声が上がった。



神様?足?
私たちは何のことかさっぱりわからなかったけどとりあえず元気よく返事をした。



聞くと、バンド演奏中に巨大な神様の模型が会場を練り歩くらしい。その操縦には5人必要で、ちょうど「2人」足りなくて会場で当日調達しようというという話だったらしい。




そこへ偶然現れた我々「2人」だった。笑



バナナを4本とも食べてしまった我々をみて、帽子のおじさんがトルティーヤ巻きとラスクをくれた。1時間ほど走ったところで浜松SAでトイレ休憩。


運転手が交代し、さらに車は西へ進む。
車の心地よい振動と安堵感、さらにはお腹も満たされていたので、いつのまにか寝てしまっていた。目が覚めると、愛知県に入っていた。


そして豊田市へ。インターを降りると、真っ先に目に入った『ホンダ』のお店。豊田市にもホンダのお店があるのか〜と思った。

市街地を抜けると、急に景色が開けて土手沿いに巨大な橋とドームが見えてきた。
あれが豊田大橋・・・。でかい・・・そしてとても奇妙な形をしている!




この橋の下で『橋の下音楽祭』が開催されているのか・・・!



少年のような眼差しで橋を眺める2人だった。



つづく

2015年6月3日水曜日

『ヒッチハイクの旅』その8

真っ赤な車は朝日を浴びながら東名高速を西に進む。
「足柄SAなら大きいから、絶対名古屋方面に行く人いるよ。そこまで送るよ。」
足柄SAは静岡県に位置する有名な大型サービスエリアらしい。

短パンと黒キャップ黒Tシャツが似合う若々しい旦那さんが30後半だと聞いて2人で驚いた。昨日は子どもが乗っていたから「いないいないばぁ!」が流れていたが、今日は首を縦に振りまくる系の激しい音楽が流れている。旦那さんは昔DJもしていたらしい。




「嫁が、誕生日なんだから何かあげなきゃ、って持たせてくれた。どうぞ。」



IKEAのジップロックの中にリンゴジュースとお菓子が入っていた。
昨日車内で、倫太郎が明日誕生日であることを何気なく話していたのを覚えていてくれていたのだ。私も便乗していただく形になった。ごちそうさまです。



このとき、一瞬ではあったが、富士山が見えた。
雪化粧をした美しい富士に神々しさを感じた。



結構走ったと思う。いま地図で確認して分かった。
こんなに遠くまで送ってくれたなんて本当にありがたい。


足柄SAに着くと、リンゴジュースをすぐに飲んだ。
旦那さんは出勤時間までまだ時間があるらしく、
「お腹空いてる?焼きそばでもたべる?せっかくだから名物を食べよう。」
といい富士宮焼きそばを買ってくれた。
そのあと、コーヒーと焼きそばは合わないかなぁといいながらスターバックスコーヒーもご馳走してくれた。2杯目は100円だからレシートを持っておくといいことも教えてくれた。
外のベンチに座って焼きそばをいただいた。それはそれは美味しかった。
旦那さんとたくさん人生について話した。



旦那さんに今後の進展について聞かれたので、
「私は器用でなんでもある程度できてしまうので、全部中途半端になってる気がします。だから沖縄に戻ったら何か一つに絞ってそれに打ち込もうと思っています。」
と答えた。

すると旦那さんは、
「なんでもできるってすごいことなんだから全部やっちゃえばいいよ。ひとつのことに絞っちゃうとそれがダメになったときに、あぁやっぱりあっちの方が良かったかなって後悔しちゃうよ。いろいろやってみて、これはやっぱあいつには敵わないなとか、これは絶対続けたいなって言うものが分かってくるよ。」
といった。






この旅で自分のやりたいことを絞ろうと思っていた私の方向性とは真逆の意見が返ってきてとても新鮮だった。

枠に囚われず色んなことに挑戦して、やっぱりこれだというものに回帰すればいい。

この旅で私が学んだことは「柔軟性」だ。自分では適応能力の高い頭の柔らかい人間だと思っていたが、27年生きてきて得た常識、煮詰まった現在の状況によって視野が狭く暗くなっていた気がする。

色んな人の色んな意見を聞くたびに凝り固まっていた考えみたいなものがほぐされていく。そうだよ、いつも自分に言ってんじゃん、『絶対』なんてものは存在しない。諸行無常だって。

屋根も電気もない自然の中で寝泊まりしているから五感すべてが刺激されているのかもしれない。






旦那さんはいままでの人生で辛かったこと、大変だったことを語ってくれた。こんな順風満帆そうな方がそんな苦労されてたとは話を聞くまで分からなかった。旦那さんは私の気持ちを見透かすようにこういった。


「生きてると誰かをみて、あの人はお金持ちでいいなぁとか、家族団らんで幸せそうだなぁとか思うだろうけどさ、みんな必ず悩みや困難を抱えて生きてるんだ。みんなそれを外には見せずに生きてるだけなんだよ。だから、他人のことをうらやましく思っちゃダメだよ。」


この言葉は焼きそばとコーヒーとともに血肉となって私の中に吸収された。
最近失いかけてた「客観性」を私に思い出させてれた。






そうだ、なぜ私たちを拾ってくれたのか?
拾ってくれた方々が私たちに共通して言う言葉がある。



「おもしろい」




私たちに、その挑戦に、ヒッチハイクに、「おもしろい」と思ってくれたのだ。
お金もない見ず知らずの私たち。
うっとりするような美貌も美しい歌声も持ち合わせていない。

でもね、客観的な目線で「気づく」ことができた。
私たちが、彼らに与えられることは、実は「たくさんある」んだってこと。

ヒッチハイカーを乗せるという「非日常な体験」を提供できる。いままでの旅の話をしてワクワクさせる。人生について話す。「ありがとうございます」って感謝を伝えられる。


身構えて何か準備する必要もないし、特別な才能もいらない。
いまこの瞬間の気持ちに素直になって、誰かに感謝したり笑ったりすればいい。

たくさんの人がいて、自分のことをさせる人もたくさんいるし、受け入れてくれる人もたくさんいる。この短い人生の中でどれだけの人と出会えて、会話できるのだろう。







栄養と思考が目まぐるしく脳内を循環する。
仕事に向かう旦那さんと握手をして感謝を伝えた。


旦那さんと3ショット


赤い車がSAを出て行くまで手を振った。
お腹も落ち着いてひと段落した私たちは、足柄SAを散策することにした。
レストラン、お土産屋はもちろん、ドッグランや銭湯まであった。
最悪ここに野宿することになってもまったく問題なかった。


一通り散策したあと、「名古屋方面」の紙の掲げて駐車場を一周してみた。
「名古屋まで今日中に行けるといいなぁ〜」とプラプラ歩く我々に、
まったく予想だにしない展開が待っていた。



空には一筋の虹が我々の行く先を指し示すかのように光っていた。






つづく

2015年6月2日火曜日

『イオンモールライカムに行ってきた!』

2015.5.7
沖縄県でいま一番ホットな場所と言っても過言ではない、
超巨大ショッピングモール「イオンモールライカム」に行ってきた。



話題のうちに見物したいというミーハー精神が疼いて、
ジョージを誘ってライカムに向かった。

入り口はリゾートホテルみたいにヤシの木が並んでいる。
『野菜をたべるカレー』でフライパンに乗った熱々のカレーをたべる。


大きな野菜がゴロゴロ入っていて、食感も楽しい一品。
ジョージはパクチーがたくさん乗ったシーフードグリーンカレーを食べた。


広大なフロアを歩き回る。いたるところがモダンなデザイン。
喫煙所だってこのとおり。
ジョージが新しいMacbookがみたいとApple storeに入っていった。
「NEWCOM」と書かれたお店は、フロアのど真ん中にありとてもおしゃれ。


トイレ前のスペースもホテルのロビーのようなゴージャス感。
ここだけ切り取るとどこにいるのか分からない。


全体的な感想。
リゾート気分でショッピングができるから観光客にはもの珍しいし楽しいかも!
規模も高級な雰囲気も前代未聞なので、一見する価値あり。
沖縄初上陸でここにしかないお店もたくさんあるのでそこも魅力。
ただ2回目行くかと言われるとどうだろうか。
自分は映画を観にもう一度足を運びたいと思う。