2017年2月13日月曜日

お知らせ

この度、松野のブログは移転しました。
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http://matsunomunetaka.com

よろしくお願いします。

2017年1月28日土曜日

お葬式8(終)

16:30
小さくなったおばぁちゃんと初七日を行うため、三たび葬儀場に戻る。

先ほどみんなで弁当を食べた部屋が、初七日を行う会場へと早変わりしていた。


お上人さんがまだ到着してなかったので、横一列に並んだ椅子に腰掛けて親族一同待つことになった。

隣に座ってた人に話しかけて見た。神田さん(仮名)は、シニアサポートセンターという人材派遣会社の人だ。去年の夏に西宮に来たときに挨拶した覚えがある。細身でショートヘア、そして謙虚な佇まい。40台後半くらいだと思う。


人材派遣会社の人は本来現場には関わらないのだが、時間を見つけては、ボランティアでおばぁちゃんの面倒を見てくれたとても優しい方だ。




おばぁちゃんがお世話になったお礼を述べて、世間話をした。



モッくんも交えて音楽の話をした。高校生の息子の影響で「ONEOKROCK」なども知っている神田さん。




私が昔バンドしてメジャーデビューを目指していたことを話すと感心を示してくれた。私が東京でライブしたとき、実はモッくんは、1度見に来てくれたことがある。









「お経も『曲』なんだと思いました」







この数日間、お経を聴き続けて私が感じたことを、2人に話すことにした。





通夜と葬式のお経は長くて、30分くらいある。じっくり聞いてみると、お経も曲のように「流れ」があることがわかった。


はじめの方は「今から私が〇〇さんの霊を成仏させるためにお経を唱えます」的なことを言ってるんだと思う。




つまりアーティストがライブの始めにいう「みんな今日は来てくれてありがとう〜!それでは、聞いてくださいっ『For you』」的な部分だろう。





口上を述べたあと、ハラハラと経典を開いて、お経が始まる。





はじめは、木魚も叩かずにリズムレスで、ビブラートを聞かせて読む。





一通り読み終えると、木魚がキンキン入ってくる。ここでキンキンと表現するのは、日蓮宗の木魚は私が知っている丸っこいそれとは違い、円形の木の塊みたいなものを叩くので、キンキン高い音がする。「木鉦(もくしょう)」というらしい。これは結構耳に触る嫌いな音だった。分かりやすく図にしてみた。





話は戻るが、つまりここで、
リズムが入ってくるのだ。






J-popで例えるなら、
ORANGE RANGEの「花」の冒頭、「花びらの〜ように散り行く中で〜夢みたいに〜君に出会えた奇跡〜(略)」が終わって、楽器隊がドカンと入ってくるあの感じだ。






リズムが入ると、お経もノッてくる。スピード感もでてくる。




始めは「キンキンキンキン」とインテンポの8ビートが続くのだが、10分ぐらいすると、「キンキンキキンキンキキン」みたいな変拍子が入ってくる。





Bメロで曲の雰囲気を変えるのもJ-popぽい。







そのあと、あの有名なフレーズ「南無妙法蓮華経」を延々と繰り返す。





サビだ。





このパートになると必ず、西宮のおばちゃんは、お上人さんと同じくらい大きな声で「南無妙法蓮華経」を一緒に唱える。






リフレインだ。






例えるなら、
ケツメイシの「サクラ」の「ヒュルリーラ〜ヒュルリーラ〜」や、チャゲ&飛鳥の「YEAH YEAH〜」の部分だろう。







延々繰り返される「南無妙法蓮華経」は、言葉の意味などとは違った次元の世界に我々を誘おうとする。






アーティストのライブ映像をみるたび、私が感じていた違和感はこれだった。たくさんの人々が集まって同じ歌を聴いて歌う光景って「宗教」っぽい。





歌ってすごい・・・。





リフレインが終わると、再び通常の8ビートのお経に戻る。





最後は、始めと同様、木鉦なしでビブラートを聞かせながら読み上げる。




これはアーティストがライブで、曲の最後をリッドして(徐々にスピードを落として)歌い上げて終わるそれと同じだ。




なるほど、
お経という何百年も前から存在するものに、現代のポップソングに共通する「流れ」があるとは、驚きだった。




つまり、「物事の本質的なことは変わらない」ということだ。今も昔も。どんなに世の中が変わったとしても。




全然お上人さんが来ないので、この「お経、実は『曲』説」を神田さんとモッくんに熱弁した。




2人とも笑いながら聞いてくれた。優しい。




待つこと30分。
17:00
お上人さんが到着。よろよろ歩いて仏壇の前で一礼する。






さて、「初七日」というライブがこれから始まる・・・。





おわり


2017年1月24日火曜日

お葬式7

棺桶が閉じられて式が終わると、
我々は上着を羽織って外に出た。

私とモッくんとスタッフで、
棺桶を霊柩車に運び入れる。

霊柩車は、おばぁちゃんが長年くらしたマンションの前を通って、火葬場へ向かった。10分ほどで着いた。

霊感など微塵もない私だが、やはり火葬場は異様な空気が漂っていた。万物の色彩がズルリと抜け落ちたような風景。色を無くした風が冷たく墓地に吹き抜けていた。

炉が一列に並んでいる。
壁の向こうでは業火がバチバチとうねっているだろうに、この広いフロアは静かだ。

「ひまわり」と書かれた炉の前に棺桶が運ばれた。お上人さんも一緒に来てくれて、お経を上げてくれた。

たしか私の父が亡くなったとき、赤い着火ボタンを喪主の私が押したような記憶があったが、今回はそのようなことはしなかった。

炉に棺桶が入れられ焼かれる間、我々は1度葬儀場に戻った。

待合室で親戚一同と弁当を食べた。弁当といってもさすが高級葬儀場。鮭の西京漬、温野菜、刺身、美味しすぎて驚いた。


15:40
再び火葬場に戻る。炉の中から、先ほどまで人間の形をしていたおばぁちゃんが、跡形もなく消えていた。綺麗な花も、死装束の水色の着物も、布張りの棺桶も何もかもなくなっていた。代わりに、白いカケラがバラバラに置かれていた。

箸が配られ、焼き場の人が説明してくれる。この人も目にアイシャドウをたっぷり塗っているみたいな、ひどい顔色だ。




「まず、これが喉仏ですね。仏様が手を合わせているような形をしています。」







本当だ。仏様が両手を合わせて、祈っているように見える・・・すごい。大昔の人もこの形をみて「仏様だ」と驚いたのだろう。どんなに時代が変わっても共感できることってあるんだなぁと思った。








「ほんまやぁ・・・」と一同感動した。




「本骨」と呼ばれる小さな骨壷に喉仏を入れる。これは西宮のおばちゃんが慎重に行った。






次に「胴骨」と呼ばれる大きい骨壷に、身体の骨をみんなで入れていく。








「胴骨に全ての骨は入りません。足の方から徐々に入れていきましょう」








慣れた様子で骨の説明をしてくれる。







「これはカカトの骨ですね」







「これはどこの部分?これは?これはどこの部分?」








西宮のおばちゃんの登場だ。








「これは、膝のところですね」








「え?これは?これはどこの部分?これは?」







「これは、そうですね・・・これも膝のところですね」







「これは?これはどこの部分?これは、どこの部分?」







そんなにどこの部分か気になるのか!!!とツッコミたくなるくらいしつこく聞いていた。「焼肉屋にいる、肉にうるさい客」みたいな言い方やめてくれ。





結局収まりきれないくらいパンパンに骨を入れたので、蓋でギュッギュッと押し潰した。




別室にいき、2つの骨壷を白い風呂敷で包む。「本骨の中の喉仏が倒れないように慎重に包んでください」と西宮のおばちゃんが係の人にいっていたけど「そんなん無理やろ。どうせ運ぶんやし倒れるで。」とキヨちゃんがすかさず、みんなの思っていたことをツッコんでくれた。キヨちゃんは我々の代弁者であり、この場での救世主だ。



つづく


2017年1月21日土曜日

お葬式6

葬式というものは不思議なものだ。喪主なんて誰でも一生に一度くらいのもので、みんなど素人だ。


そんな不安な気持ちでいっぱいの喪主に、付きっ切りでアドバイスしてくれるのが、葬儀屋の担当スタッフだ。


今回担当してくれたのは、麒麟の川島の顔色を最高に悪くして、さらに目の周りににたっぷりアイシャドウを施したような顔のひとだった。(以下、川さん(仮名)とする)


テンパったり、無理難題をいい出したり、こだわり出したら時間を気にせず突き詰める、最強クラスに面倒臭さい西宮のおばさんにもとても丁寧に対応してくれた。


ときおり見せる川さんの生気のない笑い顔は死神にみえた。


本当に死神がいるとしたら、いつも死を見てるから、死体見ても何も思わないだろう。川さんもそんな目をしてたからプロだな、と思った。



結婚式のウェディングプランナーやエスコートも似たような疲れ具合の表情をしている。(私は披露宴会場で4〜5年ビデオカメラマンのアルバイトしていたので結婚式には詳しい)




生を祝う現場も死を弔う現場も、「エネルギー」と「気」を使う現場だ。


そういえば、私の父の葬儀のとき、喪主の私に色々お世話してくれた葬儀屋のおじさんの顔を今でも覚えている。ゲゲゲのキタロウに出てくる丸顔メガネのおっさんにそっくりだった。


話は戻るが、この川さんで本当に良かったと思った。


西宮のおばさんが供花の角度が気にくわなくて15分くらい微調整したときも、一生懸命付き合ってくれた。


12:00
親族みんなで集合写真を撮る。

西宮のおばさん
「これ、笑っていいんですか?(葬式だから)笑うのもなんか違うと思うんやけど、笑っていいんですか?」

しつこく、何度も、苦笑いするカメラマンに聞いていた。

あなたの発言で笑ってしまいますからやめてください(笑)


思い出した。
これは「絶対に笑ってはいけない葬式24時」だということを・・・


「少しね、少し微笑んでください」というカメラマンの返事に納得して写真を無事撮り終える。


12:30
参列者が全員揃い、川さんの声が会場に響き渡る。

「これよりぃ、マトゥノぅ、トゥメすぁまのぅ、ご葬儀をぅ、始めさせてぃいただきますぅ」


川さんはサ行とタ行の発音がすこぶる悪い。


「おしょうにんさまぁ・・・ごにゅうじょうですっ!」



なにこのリングコールみたいなアナウンス。


昨日より着飾ったお上人さんが、昨日より低速でヨタヨタと歩いてきた。




あかん!モッくん、もうちょっと笑ってるやん!
こっちみないで!つられて笑っちゃう!




お経が始まった。


また清ちゃんが話している。88歳にもなると何事にも動じなくなるのだろうか。たとえ葬式だろうがなんだろうが、話したいときに話す。それとも昔からこの方は自由に生きてきたのだろうか。そんなことを考えているうちに焼香の順番が回ってきた。



全員が焼香を終えた。



「続きますぃてぇ」


だからそのリングコールみたいな言い方やめて!


「皆様の手でお花を入れていただきます」


すると、スタンバイしていた花屋のお兄さん2人が出てきて、慣れた動きで供花をスポスポ抜いていく。


そのお花を葬儀屋のスタッフがカゴに入れて、参列者に渡す。


参列者は最後のお別れとして、顔を拝みながら花を棺桶に置いていく。


花で埋め尽くされた棺桶。おばぁちゃんの顔だけポコっと出てる。


みんな「綺麗だ」と言っていた。


確かに、和洋入り混じる色とりどりの花で埋め尽くされた棺桶は美しい。



ふと、自分の葬式はどのようにしたいかなと考えてみた。



花を棺桶にギッシリ詰めてほしいとも思わないし、このよくわからないお経にみんなを付き合わせたくもない。


「楽しくしたい」と思った。



こんなことをいうのもどうかと思うが、この「悲しみ続けなきゃいけない」みたいな雰囲気がどうも苦手。そりゃ人が死んだらもちろんとても悲しい。でもこの形式的に「さぁここで悲しんで下さい」「ここ1番悲しむところですよ」みたいなのって、下手な演出の映画を見させられているようで滑稽に感じる。


結婚式もそうなんだけど、「形式」が一人歩きして、「本質」が見えていないものをみると、なんともモヤモヤした気持ちになる。


とはいっても、やはり「形式」があると安心できるから、みんなそのように行うのもわかる。考えなくていいからね。


だから、私の葬式を私自身でプロデュースするなら、お経は5分にして、あとは、思い出を語るなり、好きにパーティしてくれたらいいと思う。遺体は燃やして、骨は砕いて、柚子の木の下にでも撒いてほしい。そして欲を言えば、毎年その柚子で柚子風呂にでも入ってほしい。


そのとき、信頼できるスタッフが必要だと思った。それは親族だ。子であり孫である。



彼らがたくさんいてくれるほど盛り上がる。


だから、たくさん子供を作って、子孫を残そうと思った。






私の母はいつも「死んだら骨を粉々にして海に撒いて欲しい」という。私の母の弟も「死んだら畑に撒いてほしい」という。


そういうことを聞いてきたから、私もそう思うようになったのかもしれない。また考え方は変わるかもしれないけどいまのところはそう思っている。


つづく


2017年1月20日金曜日

お葬式5


話は遡る。
おばぁちゃんは、1月10日の深夜になくなった。亡くなる瞬間の様子を西宮のおばちゃんと横浜のおばさんが見ていた。そのとき23:55くらいか24:00ギリギリだったらしい。その後、医者が来て死亡確認をした。そのときには日付けは変わり、11日の0時数分だったので、死亡診断書は11日になった。


西宮のおばさんはこの出来事を、壊れたレコードのように何度も何度も言う。


「死亡診断書には11日と書かれるのはしゃーないけど、位牌や骨壷に書いてもらう日付は10日にしてもらおうか?だって私、この目でおかぁちゃんが亡くなるのみたんやで。そのときまだ10日やったのに。」

お上人さんに、位牌の日付を「10日」と書いてもらおうかどうか、ずっと相談された。

頭の中がそれでいっぱいなのだ。

13日にモッくんは東京からやって来てすぐ、この相談を1時間近くされていた。

なぜ彼女がこんなにもこだわるのか全然わからなかった。正確に物事を処理しないと気が済まないか、おばぁちゃんへの愛なのか。

結局、通夜に来たお上人さんに日付を「10日」にしてもらうようにお願いして、この話は終わった。

1月14日
8:40

西宮のおばさんの大きな声で起きた。
お上人さんから着信が入っていたらしい。

「もしもし〜!お上人さんですか?朝早くから失礼します〜。あの、日付の件なんですけどね、10日ではなく、やっぱり11日にしてもらいたいんですわ〜。」



え?やっぱり11日にするの?



「もしもし〜?もしもし〜?あれ、聞こえてますか〜?お上人さん?もしもし〜?もしもし〜?」



この後、30回くらい「もしもし〜?」が続く。


お上人さんは75歳くらいでとても耳が遠いので、またそれが原因なのかなと思っていたが、そうではなく、どうやらお上人さんの携帯電話の調子が悪くてこちらの声が聞こえないらしい。

おばさんは寝起きの私の方向にくるりと振り向き、ハキハキとした口調で、

「宗孝ちゃん、悪いけど、行ってくれる?浄願寺。」

「ハイ ワカリマシタ」

浄願寺には私の父も祖父も、納骨されている。先祖代々お世話になってる寺で、お上人さんは父と同級生らしい。

父が死んで8年間、一度も墓参りに行ったことがなかったので、場所も知らなかった。

いい機会だから、久しぶりに父に会いにいってみようと思い、車を走らせた。

今津駅駅のすぐ近くに日蓮宗の寺「浄願寺」はあった。

インターフォンで事情を話すとスウェット姿の女性が出て来た。お上人さんがいらっしゃるか聴くと、もう外出してしまったというので、日付の件を伝えた。

納骨堂の場所を聞くと、すぐ隣の建物だったので行ってみた。

とても古めかしい、例えるなら蔵のような建物。重い扉を開け、電気をつけると薄暗い室内の正面に「日蓮聖人」らしき木像がライトアップされる。


うわっ、
結構、不気味だ。


図書館の本棚みたいに左右に均一に棚が置かれていて、中は小さく区切られている。その中に骨壷が収められている。


とても父の骨を見つけられそうな数ではないなと思い、木像の前で線香を一本あげて立ち去った。



またゆっくり来よう。




葬儀場に戻ると、さっそくお上人さんから連絡があったらしく、日付は「11日」にしてくれるらしい。


少しホッとした表情で西宮のおばさんがいう。


「私、重大な過ちを犯すとこやったわ〜ほんまに。死亡した日を10日してたら、せっかくおかぁちゃん10日まるまる1日生きたのに、それがわからへんやんなぁ。11日を死亡にした方が絶対ええやんなぁ〜。」



「だから始めから11日しとけばよかったじゃん」と思ったけど、ふと考えた。



私が昔コンビニで働いていたとき、店内で手作りおにぎりを作っていた。このおにぎりの賞味期限は製造時間から6時間。

例えば10時にラベルを出したら、賞味期限は16時までなので16時まで店頭に置ける。

ラベルマシーンは9:00にラベルを出そうとも9:59にラベルを出そうとも9:00のラベルが出る。


9:55におにぎりを作り終わりラベルを出そうとするが、このとき10:00まで待つのだ。



そうすれば賞味期限が1時間伸び、店頭に置ける時間も1時間伸びるのだ。



西宮のおばちゃんは、
「少しでも長く」
という考えだったのかな。



そう思って、
ゆっくりと、
自分を納得させた。


つづく




2017年1月19日木曜日

お葬式4


1月13日

19:30
通夜が終わり、久しぶりの再会を祝してモッくんと一杯飲みにいこうと思い西宮のおばちゃんに出かけてもいいか聞くと「行ってらっしゃい。でも今日はあくまでもおばぁちゃんのために集まったということを忘れないようにしてくださいね」と澄ました顔で言ってきたので「そんなことはわかってますよ」とサラリと言い返して葬儀場を出た。一瞬で人を不快にさせる才能を持ってるのよね、すごいよこの人。

歩いて5分ほどの鉄板焼き屋で、通夜の話を肴に生ビールで乾杯。

どんな仕事をしてるのとか、東京の生活はどうなのかとか聞いた。モッくんも私もすでに父を亡くしていることやまだ結婚してないことなど、目に見えない共通点みたいなものがあって、話してて心地よかった。

「大沢たかおに似てるよね」と言ったら「初めて言われた」とモッくん。「でもいつも、ウーマンラッシュアワーの村本に似てると言われる」の言葉に共感しすぎて大笑いした。

モッくんは尼崎のホテルに行ったので、私はおなじみの双葉温泉へ。
1日の疲れがお湯に溶けていく・・・。極寒の中で入る露天風呂は格別だ。

小3くらいの小太りの男の子と金髪でファンキーな雰囲気の50代のおじさんが横で話している。

「あーせん、あんな、日本の飛行機、世界で一番やろ?」
「ちゃうで。」
「なんで?」
「一番はアメリカや。」
「アメリカ?」
「日本には、零戦ゆう世界一の飛行機があったんやけどな・・・アメリカの飛行機の方が強かったんや。」
「そうなん」
「日本は戦争に負けたから何十年も飛行機作れんようになったんや。」
「え。」
「飛行機が作れなくなった川崎重工や日立はどうしたかゆうと、新幹線作ったんや。せやから日本の新幹線は世界一やねん。」
「あーせん、プラモデルは?」
「ん?プラモデル?」
「プラモデルの飛行機もダメなん?作ったらあかんの?」
「プラモデルの飛行機はええやろ。おもちゃやん。おもちゃはええねん。」


「あーせん」とは、このおじさんの名称らしい。日本の新幹線の製造技術が発達した経緯を西宮の温泉で学べるとはなんとも得した気分だ。

風呂上がりにコーヒー牛乳という名の麻薬をキュッと流し込み、数年に一度の大寒波を肌に感じながら、葬儀場に戻った。

しかしホテルみたいに綺麗な葬儀場だ。フカフカの布団で、沖縄の家よりもぐっすり寝た。おばぁちゃんありがとう。

つづく







2017年1月16日月曜日

お葬式3


1月13日
西宮のおばちゃんの「車の鍵がない」というリフレインで目が覚めた。結局本人のカバンの中にあった。

朝食をお願いされたので、なか卯の親子丼を買ってきた。私はこれが大好きだ。

14:30
私のいとこのモッくんが東京から新幹線で来てくれた。最後に会ったのは思い出せないくらい前だ。私の5個上。すぐに気兼ねなく話せるようになった。

通夜の前に、西宮駅近くのドンキホーテ内の100均で黒ネクタイを買い、一階の宮本むなしで腹ごしらえ。
モッくんごちそうしてくれた。ありがとう!美味しかった!

通夜が始まる時間が近づくと、親戚が続々と集まってきた。

初めてお目にかかるおばぁちゃん側の親戚。1人、また1人と入ってくる。その度に「孫の宗孝です。」と挨拶する。

しかし、大変だったのは、親戚のほとんどが高齢の女性で、同じようなサイズ感と雰囲気なのだ。シルエットで当てろといわれたら絶対に不可能だ。
名前も必ず最後に「子」が付く似たような名前なのでややこしい。

キヨ子さん(以下キヨちゃん)とサチ子さん(以下サッちゃん)は姉妹で、おばぁちゃんからみると姪にあたる。キヨ子さんは88歳で出席者の中では最高齢。この人ずっとしゃべってるし、会話の返しも早い。そして面白い。キヨちゃんがこの後、我々を苦しめるとは想像もしていなかった・・・。

18:00
通夜が始まった。

1列目に、喪主の西宮のおばちゃん、モッくん、私。

2列目に、キヨちゃん、サッちゃん他親戚一同。

事前に西宮のおばちゃんがどうしても読経の前に「おかぁちゃんの最後の様子を伝えたい」と言っていたので、全員揃ったタイミングで、おばちゃんが前に出てきた。

涙をボロボロ流しながら、おばちゃんがどれだけ素晴らしい死に際だったかを支離滅裂になりながらも一生懸命話し始めた。

BGMでは、「千の風になって」のピアノバラードが流れている。参列者は真剣な眼差しで西宮のおばちゃんの話を聞いている。


3分くらい経ったところだった。後ろの方から何やらごにょごにょ声が聞こえることに気づいた。キヨちゃんの声だ。

「葬儀屋が言うこと全部ゆうてしもてるやん」「もうそのへんにしとき」「長い長い」

キヨちゃんが淡々とツッコミを入れる。

目の前では、感極まって泣きながら西宮のおばちゃんが話しているのに、キヨちゃんの副音声がすぐ後ろから絶えず聞こえてくる。

私とモッくんにとって「絶対に笑ってはいけない葬式24時」のスタートだ。

延々と続くキヨちゃんのツッコミに気づいた西宮のおばちゃんは一度話を止め「あ、(私の話は)いらない?いりませんか?」と少しキツめにキヨちゃんに問い詰めた。キヨちゃんは「いや〜」とお茶を濁した様子だった。
西宮のおばちゃんは何事もなかったかのように、すぐにまた涙を流しながら話し始め、キヨちゃんのツッコミもすぐ始まる。

6分くらいで終わった。なんとか笑わずに絶えた。

お上人さん(おしょうにんさん)が入ってきて、読経(どきょう)が始まった。松野家は代々日蓮宗で、今津の寺のお上人さんにお世話になっているらしい。

このお上人さんもかなり高齢で、時々お経が途絶えたり、咳き込んだりするので内心、大丈夫なのだろうかと心配になる。

読経の間、参列者は順に焼香をあげる。この間も姉妹は喋り続ける。

「あら、あんたタイツ破けてんで〜」
「え、どこや」
「ほらここや、ここ」
「ほんまや〜」

うつむいて悲しみにふけるフリをして、笑いをこらえた。

30分ほどで読経は終わった。
なんとか乗り切った・・・。

親戚のおばちゃんたちを車で送迎しようと、入り口まで車をまわして待機していると、外でもめている。

親戚のおばちゃんたちは遠慮してタクシーで帰ると言い、西宮のおばちゃんは車で送迎すると言い、押し問答になっている。

しまいには、西宮のおばちゃんがマジギレして「もう!!ゆうこときいて〜!ほんまに!!私のゆうこときいて!!」といい、管を巻くおばちゃんたちの腕を強く掴んで強引に車に押し込んだ。

なぜここでそんなにあらぶるのか。
その様子を見て、私とモッくんはゲラゲラ笑ってしまった。

デデーッ!!
松野ーモッくんーOUTー!!


つづく




2017年1月14日土曜日

お葬式2


2016年1月13日12:30
神戸空港

沖縄との気温差は10度以上。
身体が強張る。
突き刺すような風をかき分け、ポートライナーで神戸駅へ。そこから、阪神電鉄で西宮へ。

おばさんのアパートへ着くと、おばぁちゃんの姪もいらっしゃった。

葬式のとき、デジカメで写真撮りたいけど充電器がないから買ってきてほしいと言われた。
最寄りのエディオン、ヤマダ電機に問い合わせするがいずれも在庫なし。結局、大阪梅田のヨドバシカメラに行くことになった。

17:00
着物姿になり死化粧を施したおばぁちゃんが到着し、宇宙船の冬眠カプセルみたいなところに格納された。

おばぁちゃんが30年間通った美容室のオーナーさんが来てくれた。

JR西宮からJR大阪まで快速特急で16分。ヨドバシカメラはとてつもなく広くて、私は完全に「お上りさん」だった。

無事デジカメの充電器を買い、葬儀場に戻った。晩御飯はほっともっとを買った。西宮のおばさんは70歳で初めて、ほっともっとを知ったと言った。

私の「スーパー良きかなタイム」、1日の疲れを全て水に流してリセットする方法、それは「温泉」である。双葉温泉に入り、風呂上がりにコーヒー牛乳を飲めば、その日の疲れが全て吹き飛ぶのだから温泉は本当に麻薬である。

てなわけで、今日は梅田でデジカメの充電器を買って終わった。

おやすみ



2017年1月13日金曜日

お葬式


なんてていうかほんとに色々ありすぎて大変な日々ですが毎日楽しい。

大変なことって畳み掛けてくる。
そのとき、いかに日頃ちゃんと生きてるかが試される。

2016年1月9日

12:00ごろ西宮のおばちゃんから着信。電話にでると「おかぁちゃん!おかぁちゃん!おかぁちゃん!」と何度も叫ぶ声がする。どうやら103歳のおばぁちゃんの意識が戻らないらしく、パニックになって電話をかけてきたらしい。

電話が切れて、またかかってくる。
そしてまたブチッと切れる。

「おかぁちゃん」と叫び続けるのを断続的に電話越しに30分間聴き続けた。

それでも意識は戻らなかった。午後から横浜のおばさんが駆けつけてくれた。西宮のおばちゃんも少し落ち着いたらしい。

この日は私の29回目の誕生日だった。夜、梅ちゃんたちとメシ屋で打ち合わせしていたら、サプライズでケーキが出てきて、みんなで祝ってくれた。うれしかった。

西宮のおばぁちゃん(私の父の母)は次の日の深夜に亡くなった。日付が変わっていたので、2016年1月11日が命日になった。


102歳の大往生だった。


翌日13日、私は10:30発の神戸空港行きに飛び乗った。





2017年1月2日月曜日

ブラックサンダーのCMが攻めてる

大晦日に見た動画で衝撃を受けたものがふたつあった。
ひとつは、大嶺さんからおしえてもらった。

非リアVSリア充ラップバトル/episode3.「会いたくて会えなくて会いたい」篇(スピンオフ)【MCニガリa.k.a 赤い稲妻出演】



ブラックサンダーのCM動画なんだけど、内容がかなり攻めてる。
MCニガリ扮するブラックサンタが、
明らかに「西◯カナ」っぽいシンガーを
RAPでDisりまくる。


「まるで小学生の読書感想文」


「I wanna see you I wanna see you」
「無意味な英訳」


「会いたいほど 震えるよ」
「大丈夫?」

エピソード1、2も面白い。
ざらついた映像や、カット割りもカッコイイ。

非リアVSリア充ラップバトル/ episode1.「黒いイナズマ登場」篇【MCニガリaka 赤い稲妻出演】


非リアVSリア充ラップバトル/ episode2.「三‘‘充’’士現る!黒いイナズマ絶体絶命!」篇【MCニガリa.k.a 赤い稲妻出演】

この「非リア」と「リア充」の対比はわかりやすくておもしろい。
ただ「非リア」も「リア充」も、根本的には変わらない、同じ人間。
日頃、孤独をどう表現してるかの違いだと思う。
その辺のつぶやきはまた今度書くことにしよう。

とにかくエピソード3はハラをかかえて笑ったとともに、
勇気をもらった。
攻めていい、攻めていこうぜ。

これが今年のテーマだ。

「攻めていこうぜ」

2017年1月1日日曜日

あけおめ2017

新年快樂!あけましておめでとうございます。
大晦日は大嶺園芸で花屋の手伝いをした。
暖かかった。例年は寒くて手の感覚がなくなるほどだったのに。
花屋の仕事は重労働。
なにごともやってみないとわからない。

年も明けそうな11:00。
盛花に挑戦させてもらった。
大嶺さんがつくるのを、
見よう見まねでつくった。




じゃん!
「初めてにしては上出来だ」といわれた!
花は3次元の芸術、本当に難しい。
そしてすぐに枯れてしまう「儚い芸術」
様々な体験をするために駆け抜けた2016年。
そして無事に訪れた2017年。

今年のテーマが決まった。
それはまたかく。

2016年12月22日木曜日

やっぱり山羊が好き

私はやぎが大好き。
この日、大嶺さんが豊見城にあるやぎ汁に連れていってくれた。
ずっと気になってはいたが、今日初めて行くらしい。
「山羊料理 豊」


メニューには「アヒル汁」や「いのししカレー」もあった


年季の入った建物。
飲み屋のような雰囲気。
奥の座敷に座る。
刺身と山羊汁を2人前注文。



山羊の刺身 ¥1,200


刺身は肉厚。生肉を食べている満足感がたまらない。
山羊は独特の獣臭さがあるが、それが良い。


山羊汁 ¥1,200


そして山羊汁。親切にご飯もついてきた。
最近やっと解禁された、内臓入りの山羊汁だ。
汁は素材のエキスによって濁っている。
山羊汁は味付けがされていないところも多いが、
ここのはしっかり味付けされている。
うまい。
内臓によってスープにコクが出ている。
夢中で食べた。

大満足の2,400円でした。
大嶺さんごちそうさまでした。
幸せでした。

2016年12月21日水曜日

自分ルール

運転中交差点で、
前の車が左右に曲がって自分が直進した場合、
車内で必ずこう叫ぶ。

2016年12月20日火曜日

私と漢字

私は小さい頃から絵を描くことが好きだった。
迷路を書くことも好きで、自分で作った迷路を誰かに試してもらったりしていた。

漢字も好きだった。
絵とか迷路みたいだから。
たくさん種類があるから飽きない。

小学生のとき、100問漢字テストというのがあって、いつもいい点数だった。
あるとき、絶対100点が取れた!と思い解答を返されると99点だった。
これは本当に悔しかった。
いまでもその答案をみたときのことを覚えている。
100点と99点では、雲泥の差だと幼心に刻み込まれた。

そして時をこえて現代の私。
漢字だけの言語「中国語」を猛勉強している。
自然体で持続できているのは「漢字は楽しい」という気持ちが根底にあるからなのかなぁと、ふと思った。

そんな就寝前。

中國語發音很難

2016年12月19日月曜日

中国語検定の結果が来た!

先月、中国語検定を受けた。

きっかけは7月に2ヶ月行った台湾だった。
帰国後、中国語検定のことを知り、すぐに出願した。
準4級と4級を併願した。

仕事終わりに毎日1時間ほど勉強した。
休日は3時間くらい勉強することもあった。
台湾でできた友達とライン電話で中国語を教えてもらったこともある。
使用した教材はカエルライフ社の「動画で身につく!中国語入門」
3,000円くらいで、一度購入すればずっと観ることができる。
「Share with act」というネット学習サイトにログインして購入した動画を観ながら学習する。
なぜ動画の教材にしたかというと、中国語は発音がとても重要だと思ったからだ。
この教材は、2分くらいの短い動画が200本ほど収録されている。
スマホで見れるし、教科書を持ち運ぶ必要もない。
http://kaeru-life.com


試験当日は大雨だった。
午前中は準4級。
手応えは充分。大丈夫だと確信した。

午後は4級。
必要な学習範囲の半分ほどしか終わっていなかったし、リスニングの試験対策を一切やっていなかったので、諦め半分で受けた。
しかしダメなりに、意外と解けた気がした。
奇跡が起きればあるいは、という感じがした。

そして一ヶ月がたった昨日。
インターネット上に結果が出ていた。

ドキドキ・・・

ドキドキ・・・

なんだこのドキドキは・・・!


準4級合格!!

よし!



4級は・・・?









あ、








え!












ほんと?






あ、合ってる!


やった!




合格してる!!!!!!


奇跡が起きた。4級に合格した!!
うれしい!なんと嬉しいことだろうか!

小学校から大学まで、多少なりとも嫌だったり妥協しながら自分を騙しながら勉強してきた。しかし、今回は自分で心から勉強したいと思って始め、自然体で持続して、試験で結果が出たことは、生涯で初めての体験だった。いまだかつてない学習によって満たされた気持ち。そうか勉強が楽しいとはこういうことか。「いまさら気づいても遅い」という人がいるかも知れないが、この歳になって気づけたことは素晴らしいことだと思う。だってこの高揚感を体験できないまま死んでいく人は星の数ほどいるでしょう?

この調子で、3月に行われる中検に向けて猛進する。
次は3級・・・!!!

言語を勉強するのだ

先週は本当に忙しかった。

私が日本語学校で働いていることは前述したが、
いったいどのような仕事なのかとよく聞かれるので回答する。
日本語を教える教員側のいわゆる「教務」ではなく、総務と呼ばれる事務を司る部署だ。
といっても部署をわけるほど大きい学校でもないので、
実際はあらゆる雑務を担う。
学生寮の準備、新入生の送迎、草刈りなど施設管理、書類処理、書類作成、アポ取り、来客応対などなど。
その日によってさまざまな仕事が舞い込んでくる。

私が務める日本語学校は住宅密集地にポツンとある。


庭には木々が生い茂り、猫が二匹出入りする素敵な空間。
初めて来たときからこの空気が好きだった。

少数のスタッフもみな優しい。
本当に恵まれた環境だ。

私は2年間本気で集中して言語を勉強すると誓った。
そのきっかけは台湾へ2ヶ月いったことだ。

言語の重要性を目の当たりにし、
その能力を手に入れたいと心の底から思った。
2年で、中国語と英語、この2つを本気で勉強する。

働きながら様々な国の人と話すチャンスがあるこの環境は本当に恵まれている。


ここに宣言する。
松野は「言語習得期」に入る。


話は戻るが、なぜ今週忙しかったのかというと、
2017年4月期生の募集が今週までだったのだ。
留学生から預かった申請書を入国管理局に提出しなければならない。
この書類、国によって出す分量が違っていて、ネパールは一人あたり、
25〜30枚の書類を提出になければならない。
例えば30人申請者がいた場合は、ネパールだけでも、
1000枚近い書類をチェックしなければならない。
彼らの殆どは、エージェントに書類作成を任せているため、
我々はエージェントから学生を紹介してもらう。
足りない書類や修正するべき箇所があるたびに、
エージェントにスカイプで電話して伝える。

エージェントは、日本語が話せない場合もあるので、
その場合は、英語がペラペラの職員が対応してくれる。
ただ、その職員が不在の場合、私がカタコトの英語で対応するしかない。
これを繰り返すうちに、なんとなく相手が何を言いたいのかがわかるようになった。
だいたい同じような内容の話をするわけだから、
でてくる単語も同じであることが多い。
「certificate」「income」「document」「application」などなど。
「できるかできないか」じゃなくて「できてもできなくてもやるしかない」のだ。
英語ができないだの言ってられない。
とりあえず、聞いてみる。
わかんなかったら「Eazy English please.」といえばいい。
それでもわかんなかったら「Slowly English please.」といえばいい。
それでもわかんなかったら「Please text.」といってチャットで書いてもらえばいい。
やり方は無限にある。


木曜は夜の2:00まで残って書類をチェックする作業をした。
ヘロヘロになって金曜日。
最後の最後まで、やりきった。
入国管理局へ。なんとかまにあった。
みんなのおかげです。
本当に遅くまでありがとう。
あの夜はたいへんだったけど楽しかった。
祭りみたいで。
それくらい熱中して仕事をするのは楽しい。

2016年12月17日土曜日

我看了「小時代」

我最近看完電影「小時代」
主角是楊冪
她很可愛
這好像小女漫畫
我們會看YouTube


私は最近「少時代」という映画を観ました。
主役はyang miです。
彼女はとてもかわいいです。
少女漫画のような映画です。
Youtubeで観ることができます。



いま中国語を猛特訓中のわたし。
きっかけは台湾に2ヶ月いったときに、
「言語って大切」と思い、
中国語と英語を勉強したいと心から思ったからだ。

上の文章は、
中国語を練習するために書いてみたけど、
これだけ書くのに40分かかった。笑
精進精進。

この前初めて受けた中国語検定の結果が今週わかる。
ワクワク。

2016年12月16日金曜日

タイ料理「パーラーポジポジ」

一年くらい前に大嶺さんがジョージにあげた観葉植物が、
未だに水だけで育っていて植物ってすごいと思った。


その枝の一つを庭にも植えていた。
庭がある生活って素敵だ。

土曜のあさ。
前述したようにこの家はテラスハウスみたいな爽やかさだ。
白い部屋に柔らかな朝日が差し込む。

昼前におきた。
みんなでタイ料理を食べに行った。
浦添の「パーラーポジポジ」
私の大好きなアニメ「コジコジ」に名前が似ている。


店内はカウンター席が6席のみ。
リーズナブルでランチは600円から。
量も味も満足いく内容。
私は、辛いソースの鶏肉と炊き込みごはんみたいなランチを食べた。
名前忘れた。辛さもちょうどよくてとても美味しかった。


駐車場はないけど、テイクアウトができるから便利。
定食感覚で本格的なタイ料理が食べられる貴重な店だ。
また行きたいと思ったから、みんなにも伝えた。

2016年12月15日木曜日

住みやすい部屋をつくるのだ

インターネットがついに開通した。
約二ヶ月の辛いネットなしの生活に終わりを告げる。
いま住んでいる部屋は、もともと倉庫だったところを改造して住んでいる。


ガレージみたいなところの奥に2畳ほどのフローリング。
そこが居住区。
壁側のスペースにPCを置いた。


一ヶ月後、ガレージペンキを買ってきて、床を白く塗った。
砂埃がたつ汚いガレージが、驚きの白さになった。


最近、隣の部屋に人が入った。
いま住んでいる家は、もともと一つの家屋を細かくいくつもの部屋に分けた作りになっていて、壁が異常に薄いところもある。
このPCの場所だと、壁のうしろがすぐ隣の部屋なので音楽を流せない。
PCの場所を移動することにした。
あとは、座ってPCを操作していたが、やはり椅子と机で操作したほうが、姿勢が楽だなぁと思ったからだ。
でも机や椅子を買うのは嫌だ。これ以上ものを増やすのは嫌だ。
倉庫の中を漁ると、壁につける食器棚が2つ転がっていた。
これを土台にして板を乗せれば机みたいになるんじゃない?
カウンターチェアもあったのでそれも拝借。


じゃん!
即席でつくったけど、これが意外と使いやすい。
高さもちょうどいい。
ちょっとグラグラするけど支障はない。
しばらくこれでいけそうだ。

2016年12月13日火曜日

オランダの黒いお菓子を食べてみた

うちの日本語学校の生徒に、40代のオランダ人がいる。
彼は、高身長でガッチリとした体格で見た目はイカついおじさんだが、中身はとても紳士。ドーナツやチョコレートを差し入れで持ってきてくれる。

今日は、オランダのお菓子をくれた。
「これはオランダでは有名なお菓子だけど、日本人はみんな美味しくないと言うんだ」
といって、黒い渦巻状の塊を机に置いた。



蚊取り線香のような、幼虫のようなものがオランダのお菓子。
真っ黒で、グミよりも硬い。ソフトキャンディくらい。
匂いは、薬草のような漢方のような感じ。
さっそく食べてみた。
グニグニという感触。歯で噛みちぎる。
口の中でよく噛まないと、一向に溶ける気配はない。
隣で一緒に食べていた職員のおねぇさんが「のど飴食べてるみたい。」という表現が一番しっくり来た。
のど飴をソフトキャンディにした感じだ。
いい経験にはなった。
今度は前買ってきてくれたオランダのドーナツがいいです(笑)

そのあとうちのボスが台湾出張から帰ってきて、
おなじみのパイナップルケーキをもらった。


このパイナップルケーキ、
小さいが、いままで食べた中で一番美味しかった。

事務所にいると、
このように毎日なにかしら食べ物にありつけるのでとてもうれしい日々である。

でも全然太らないのはなぜだ。
太りたいのに。